| 小学校の楽器 |
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誰しも小学校の先生になるには、ピアノの練習をする必要があります。 何故なら学校には、必ず音楽の授業があるからです。 その昔は「楽器は学校で使うものだ。」、こういうイメージがあった程です。 まさに当時の学校以外に於ける楽器とは、習い事をしている人だけが所有するものだったのです。 因みに小学校で習う楽器というと、昔はハーモニカでしたが、リコーダーに取って変わられて久しいですね。 合わせてカスタネットは必ず使用されますし、鍵盤ハーモニカもピアニカやメロディオン等の商品名で時々使用されています。 やはり小学生の頃から、音楽の喜びを知ることは人生に於いて重要なことである、こう考えられているのでしょうか。 確かに音楽とは、全ての人を幸せにしてくれるものですね。 その証拠にテレビや街角では、日常的に音楽が流れています。 この音楽を自分でも演奏してみたいと考えた時に、音符が読めるか読めないかは、どうしても避けて通れない問題となるでしょう。 現実には全部の楽器を演奏することは難しいでしょうが、小学校で習った楽器の延長で演奏出来ることは数多くあるのです。 ある音楽家の場合は、小学校で使用する楽器だけを用いた演奏会を開いている様子です。 即ちカスタネットと鍵盤ハーモニカとリコーダー等に限定した使用でも、奥行きのある素晴らしい演奏会になるということ、この事実が意味するところはこれ等の楽器は決して子供だけが対象の楽器ではない、ということに他なりません。 実際、カスタネットによる打楽器としてのリズムの変化は多彩ですし、その耳や手や身体に振動する音楽的表現の豊かさに触れると、複雑な楽器を扱って来てスランプに陥った人でも、今迄忘れてきた根源的な感覚が呼び覚まされる体験をするものです。 又、リコーダーの作音楽器としてのロマンティックな表現の可能性は、ピアノとの共演で存分に味わう事が出来るからです。 ともすると高校生位になったら、バンド等に憧れてドラムやギターをやりたがる傾向は今も昔も変わりませんが、それはそれでポピュラーミュージックへの道ですから、非行化への第一歩とばかり頭から反対するのは極めてナンセンスです。 何故ならクラシックや学校教育の範囲だけが、音楽ではないからであり、クラシック音楽だって真面目さの象徴だけではなく、単なるお嬢様路線への傾倒である、という見方も成り立つからです。 ここで特筆すべき事ですが、ヨーロッパのクラシックだけに見られる音楽の高度な発達、特にクラシック音楽にだけ起こった対位法の奇跡の事実は、義務教育の場で伝承していく使命があります。 然しながら、現在のクラシック音楽が、全盛期の生命力を失い形骸化している現実を、我々は決して見過ごしにしてはなりません。 あたかもクラシック音楽が半分死んだ時に、そこから飛び出した音楽の生命力が、ポピュラー音楽に移行して世界中に普及したのではないか、そういう感慨に耽って(ふけって)しまうのです。 従ってクラシック音楽に生命力を取り戻す為にも、ポピュラー音楽には大いに頑張って頂いて、世界中の人々を熱狂させて貰う必要があるからです。 ところで誰しも好きな楽器に触れて、その音色を味わいたいと、心の底では願っているものかも知れません。 やはり子供の頃から音楽を習ってきた人は、その楽器に関しては充分な技術を持っているものです。 ともすると頭で覚えた知識は忘れますが、一度習った楽器に代表される様に、一旦体に叩き込まれた技術は体が覚えていて、決して忘れないものだからです。
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