| 練習前の準備 |
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やはりピアノを習う場合には、教室に通学するにしても自宅に講師を招くにしても、出来ればある程度ピアノに触れておく方が望ましいでしょう。本当に白紙の状態から教える事を望む先生は、プライドが物を言うクラシックピアノの世界では意外に少ないからです。そもそもレッスン料は決して安価ではありませんし、教師の側も必要最低限の用意が済まされている事を前提に教える事になるのです。その教師への対策の為にも、準備は万全に済ませておく必要があるのです。 さてピアノのレッスンを受ける前に、最初に用意しておくべき物は、当然ですがピアノという楽器です。とは言えこの段階では、数十年前ではオルガンを用意する家庭が多かったですし、最近では電子ピアノを用意する家庭が多い様子です。先ずお子様にピアノを習わせる場合、最初にお子様がピアノに触り鍵盤を叩きペダルを押さえたりして遊んで、ピアノに親しむ環境を整えてあげて下さい。 そして最大の関門となるのが、楽譜の存在です。やはり入門者にとって最初に出会う難関が、楽譜ではないでしょうか?それも音符や休符だけなら良いのですが、全然見た事もない記号が並ぶ楽譜は、異様な相手に見えて戸惑いを覚えるものです。それ故に、拒絶反応を現わす子供は、実際には少なくないのです。 然しながら音楽に於ける楽譜とは、建築に於ける設計図と同様の存在です。何故なら楽譜が有るからこそ、楽曲の全体像が明らかになるからです。仮に単にその曲を演奏するだけなら、耳で聴いた音をそのまま鳴らすという方法で構わない訳で、ポピュラーの人の一部にこの方法を用いる人が存在します。然しながらクラシックの音楽家になる場合は、そんな方法では絶対に相手にされません。そこで早かれ遅かれ覚える必要がある以上は、出来るだけ早期に読譜の方法を習得させるのが、誰の為でもなく本人の為になるのです。 それにしても何故我々には、楽譜を読む能力が必要なのでしょうか?実際には読譜の能力とは単に音楽教育を受けた結果に過ぎませんし、読譜が出来ない人の中にも天性の音楽の才能を発揮する人が現われるのは事実です。勿論、読譜が出来るだけの音楽教育を受けた上で、天才的な音楽性が発揮出来れば、それが最高には違いありませんが…。 或いは「音楽の才能とは、音楽に生命を吹き込む、若しくは音楽の生命を引き出す力である。」とも定義出来るのです。従って音楽教育を受けたか受けていないかという問題とは、本来音楽の才能の有無は関連しないと認識すべきです。要するに、音楽教育を受けた人の中にも才能のある人とない人が存在し、音楽教育を受けていない人の中にも才能のある人とない人が存在する訳です。 それでも尚、楽譜は読めないよりは、読めた方が望ましいのです。その理由は楽譜を読む効用が、意外な所に存在するからです。何故ならば楽譜とは音楽の原型であるから、演奏に於いて楽譜を変化させる事によって、我々は自身の音楽性を表現する事が可能となるのです。これに反して楽譜を使用しない場合は、耳で聴き取った他人の演奏の模倣しか不可能です。ところがこれでは他人の個性まで自分が貰って再現する事になりがちで、自分の個性を表現するのとは若干外れた行為になる傾向があるのです。 とは言え、この模倣で独創性を発揮する人もジャンルも実在しますから、これはそう簡単には定義出来ない難しい問題なのかも知れません。 因みにピアノ教室に通学する場合には、読譜、即ち楽譜の読み方は習えます。しかしこのソルフェージュの時間もレッスン時間に含まれる為、技術の習得に専念出来ない可能性があります。この問題は自宅に講師を招く場合も、全く同様になります。そこで可能な限り、前以て楽譜が最低限は読める状態になってから、レッスンを受けさせる様に致しましょう。 |
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