| 印象派時代の作曲家 |
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印象派はロマン派の後、19世紀後半に誕生しました。従って西洋音楽史に占める位置から判断すれば、印象派とは紛れも無く近代に入ります。それ故、必然的にその様式は、現代音楽に酷似して来る訳です。 ところがこの様に最近起こった傾向であるにも拘らず、どうした訳か印象派には「音楽の教科書に掲載される作曲家」との先入観が付きまとうのです。この観点に立てば、印象派とは近代に位置していても、内容的には古典派やロマン派と同列である、こう解釈して差し支えないでしょう。 さてこの印象派の作曲家で最も代表的な存在が、何と言ってもドビュッシーとラヴェルの二人でしょう。彼等は何れもフランス人であり、両者は同時にフランス音楽を象徴する人物でもあるのです。 この内の前者のクロード・ドビュッシーは、1862年に誕生したフランス人ですが、彼こそが印象派の立て役者に他なりません。何故なら彼は、生涯を通して独創的な作風を確立し、真に一つの時代を開拓した、驚くべき天才作曲家だからです。 彼は子供時代に持つ洋菓子は、量を僅かにしてでも品質は最高級に固執する等、貧しい中でも上質な趣味は一貫して守り抜きました。更には和声学の先生から「もっと転調しなさい。」と命じられ、「僕はこの調で満足なのに、何故転調しなくてはいけないんですか?」と食ってかかったという、天才らしい学生時代の逸話が残っています。 ドビュッシーはピアノ作品を、多数手掛けました。特に彼がピアノに、ショパンともリストとも違う、全く独自の語法による新感覚の音楽世界を開拓したのは、真に驚くべき事です。それ以前の音楽では支配的だった調性が崩壊する感覚、この調性から解放された不安定感がもたらす甘美な至高の体験は、一度味わったら病み付きになるのではないでしょうか。その和声に対する斬新な感覚の故か、彼の曲にはクラシック愛好家以外からもファンが多いのです。その代わりクラシック界にはドビュッシーを好まない流派も存在するので、自分はどちらの派か調べてみられては如何でしょうか? このドビュッシーの代表的なピアノ曲としては、ベルガマスク組曲 「月の光」「牧神の午後への前奏曲」「2つのアラベスク」「夢想」等が挙げられます。 実はドビュッシーには、現代の我が国で大変な脚光を浴びているエリック・サティ作曲「ジムノペディ」、この曲に関連する逸話も在るのです。何故ならドビュッシーとサティは、友達同志だったからです。実はサティは出来れば華やかな場面に出ないで済ませたい、シャイなタイプの人間でした。ところがこのサティの作曲した「ジムノペディ」を編曲する事によって、ドビュッシーはサティを表舞台に引き出す契機を作ったとされているのです。 そして後者のモーリス・ラヴェルは、1875年に誕生したフランス人です。彼の作品に流れるのは、緻密で精巧な細工を施す職人気質なのかも知れません。 彼の作品の中では、我が国ではバレエ音楽「ボレロ」が非常に有名です。更にこの曲には、ピアノソロ用に編曲された譜面も、洋書で一般的に販売されています。この曲が初演された当時、演奏直後の客席で「気違い!気違い!」と叫ぶ女性が現われ、「彼女だけがこの曲を正確に理解したんだよ。」とラヴェルが呟いた、そんな逸話は有名です。 ところが実際には彼は、本来のピアノ曲も多数作曲しているのです。この中でもピアノ組曲「クープランの墓」は特に有名です。 それでは共に印象派の巨匠として名高いドビュッシーとラヴェルには、作風に於いては果たしてどんな違いが在るのでしょうか?これはある方の指摘ですが、「ドビュッシーが対象を見て湧いた心象を描写するのに対し、ラヴェルは対象それ自体の形状を描写する。」という意味の発言があります。この言葉には両者を区別をする作業を通して、各々の本質が見事なまでに端的に表現されているのかも知れません。 |
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